2022年10月6日(木)に「食と微生物の相互作用研究が導く、オーダーメイド健康社会 〜腸内細菌代謝物「ポストバイオティクス」の共同研究が開く未来〜」が大阪健都会場とオンラインのハイブリッドにて開催されました。今回は、最新の研究成果はもちろんのこと、共同研究の経緯や異なる機関の研究者同士が連携するためのポイント、そして今後の展望について、詳しくお話をお伺いいたしました。こちらのレポートでは、当日のお話の一部をご紹介させていただきます。
目次
・(国研)医薬基盤・健康・栄養研究所 ヘルス・メディカル連携研究センターならびにワクチン・アジュバント研究センター センター長 國澤 純先生 プレゼンテーション
・京都大学 農学研究科 応用生命科学専攻 教授 小川 順先生 プレゼンテーション
・トークセッション
 (京都大学 農学研究科 応用生命科学専攻 准教授 岸野重信先生 プレゼンテーション含む)
(国研)医薬基盤・健康・栄養研究所 ヘルス・メディカル連携研究センターならびにワクチン・アジュバント研究センター センター長 國澤 純先生 プレゼンテーション
國澤氏:
医薬基盤・健康・栄養研究所は共同研究・連携に非常に力をいれており、今年の4月には「ヘルス・メディカル連携研究センター」を立ち上げました。このセンターで推し進める連携には2つのポイントがあります。
1つめは「ヘルスとメディカルをつなぐ」ということです。どうしても健康と病気は別々に考えがちではありますが、一方で、健康から病気になる、そして病気から治って健康に戻るということは一つの流れでもあるため、「健康に着目した研究」と「病気に着目した研究」を繋げていく研究が必要になってくると考えています。 
2つめのポイントが他機関との連携です。7年前に医薬基盤研究所と健康・栄養研究所が合併しました。さらに今年度には、健康・栄養研究所がここ健都に移転してまいります。腸内環境をキーワードに、研究所内の連携はもちろんのこと、健都を舞台として自治体や企業、大学、病院の皆様と様々な連携を図っていきたいと考えております。

國澤氏:
腸内細菌は、腸内環境の改善を通じて、私たちに健康効果をもたらし、かつ多種多様な物質を作り出していることがわかってきています。
腸内環境の改善のために、これまで様々な研究が進められ、新しい概念が提唱されてきました。
まずは、腸内環境を良くするため、ビフィズス菌や乳酸菌に代表されるヒトに有益な効果を与える菌を摂取する、という「プロバイオティクス」という概念です。二つ目が、「プレバイオティクス」で、これは有益な腸内細菌の餌となるものを与えることで腸内環境を良くしようとするもので、オリゴ糖や食物繊維などが該当します。そしてこのプロバイオティクスとプレバイオティクスの二つを一緒にとるとより効果的になるという考え方・方法が、「シンバイオティクス」です。
一方で、菌自身は腸の中、つまり私たちの身体の外側に存在しているため、私たちの身体の中の機能に影響を与えるためには、菌自身が何かを作り、それが腸から吸収されるということが重要となってきます。
そこで生まれた新しい概念が「ポストバイオティクス」です。これは食品成分を材料に菌が作り出す有用な物質のことを指し、たとえば大豆イソフラボンを元に菌がエクオールをつくり、その作り出されたエクオールが体にいい影響を与える、といったものが代表として挙げられます。
私たちは、この「ポストバイオティクス」こそが、今後、大事になってくると考えています。 

※当日は、実際の研究内容や共同研究について等、詳しくお話いただきました。

京都大学 農学研究科 応用生命科学専攻 教授 小川 順先生 プレゼンテーション
小川氏:
私たち、「発酵生理及び醸造学分野」という研究室では、微生物機能の探索を基盤とした研究を行っています。特に「代謝」という観点から、酵素や二次代謝産物などの探索を行っており、それを効率化すべく、微生物ライブラリーや目的にあった解析装置の拡充を図っています。
この探索を行う前段階として、様々な企業さまのニーズや、大学や研究機関の方々のご意見、そして自分たちが実現したいことを議論しながら、「何を実現したいのか」を明確にし、その目的にあった微生物を探索し、見いだした微生物の機能の観察、そしてその機能の応用展開を図っています。

小川氏:
腸内細菌は、食品との相互作用により、様々な形でわたしたちの健康状態に関わっています。
プレバイオティクスに見られるように、食の成分が腸内細菌を活性化するものもありますが、発酵微生物が食の機能を顕在化する、あるいは腸内細菌が食の構成成分を物質変換することで機能性分子を生み出し、食の潜在機能を顕在化する、ということが相互作用の中で発生しています。
本日は、腸内細菌が食の機能を顕在化することについて紹介させていただこうと思います。
腸内細菌研究は、これまでは大腸・糞便の学問でした。腸内細菌叢を健康な状態で維持するためにはプレバイオティクスが活用されておりましたし、腸内細菌の機能の維持にはプロバイオティクスが活用されてきました。
そして今着目されているのが、國澤先生のプレゼンテーションでもありました、「ポストバイオティクス」です。これは、食事成分の吸収が主に行われる小腸の腸内細菌学であり、小腸に主に存在し発酵産業で使わる微生物でもある乳酸菌に関する学問であります。
昔ながらの腸内細菌学も非常に大事ではありますが、新しい領域であるポストバイオティクスという概念もこれから大変重要になってくると考えています。

※当日は、研究内容に加え、共同研究を進めていく上でポイントと感じられていること等、お話をいただきました。

トークセッション
イベント後半では、京都大学 農学研究科 応用生命科学専攻 准教授 岸野重信先生にもご参加いただき、本イベントのテーマでもある共同研究にフォーカスをし、今後の未来の展望まで、深堀りをしてお話をお伺いいたしました。また、共同主催者である京大オリジナル株式会社坂越圭名子氏より、「共同研究」に関する現状と論点について説明しました。
岸野氏:
私が所属している発酵生理学研究室は1926年に創立され、現在は小川先生が教授をされています。当研究室は先々代の先生の頃から産学連携・共同研究を視野に入れて、基礎から応用・応用から基礎という研究を行っていると私は感じています。
自分の中の研究観としては、小川先生からのご説明の研究観と近いものがあります。微生物を大前提に、まずは「探索」、牛の胃の中、魚・ミミズやウジ虫等、様々なところから腸内細菌を取ってきて、それらを「選抜」し、そして「解析」を行います。最後のフェーズである「機能評価」で、ダイエットや健康、医薬品としての効用を評価することとしています。この「機能評価」部分が共同研究に大きく関わっており、機能や効用に問題点があれば再度探索・選抜・解析そして機能評価と、同じサイクルで展開するという、地道な探索型の研究を進めています。
坂越氏:
企業側視点でのメリット、デメリットを、いくつかの文献からまとめてみました。
メリットとしては、不足するリソースを補えることが挙がっていますが、大学との共同研究のメリットとして、税法上の優遇、対外的信用向上というものもあります。
対してデメリットとしては、やはり個別企業単独で、ことを進められないことが挙げられています。
Q:現在研究を進めていく中、今後の展望をどう描かれていらっしゃるのかお聞かせください。
國澤氏:
1つめは、「プレシジョンニュートリション(個別化栄養)」という概念です。これまでは「XXは健康に良いから皆さん食べましょう」という形で個人差を考慮しない考え方が主流でした。しかし食の効果には個人差がありますので、将来的には個人ごとの腸内環境や体質に応じて適した食事を提案する。たとえば、ショッピングモールに行った際に自分の腸内細菌のサンプルを持参し、買い物をしている間に検査が行われ、スマートフォンなどに、自身の腸内細菌と共にお勧めの食材情報が送られてくる、といったような世界が実現できたらと以前から思っています。2025年に開催される万博は健康をキーワードにしていますが、そのころには一つでも二つでも形にできればと思っています。
2つめは、未来ではなく過去に焦点を当てる話になります。現在、日本全国どこに行っても、街並みが似ている、ということをひしひしと感じています。それらの街並みを見て、私たちが伝統として受け継いできた発酵食品や日本食品の良さも失われていっているのではないか、ということを私は危惧しています。発酵食品や日本食品の良さを科学的なエビデンスと共に提示することが、日本の食に関する伝統の消失を防いでいきたいと考えています。


小川氏:
研究の目指すべきところとして、私的なキーワードとしているのが、ヒトの健康、社会の健康、そして地球の健康、です。この3つの階層で、健康を実現できたらと思っています。
腸内細菌の研究はヒトの健康に関連すると思いますが、たとえば美味しいものを食べるという営みを通して、社会が元気になっていく、そして社会が元気になることで周りの環境を意識でき、現在盛んに言われている持続型社会・循環型社会というものに目を向けられるようになるのではないかなと思っています。そのような形で、ヒトを起点に社会、そして地球の健康を実現していければと思っています。
また、環境、というステージは、微生物が活躍できる場だと思っています。微生物の様々な活躍をつぶさに観察することは、自然というものに研究がコミットしている状態だと私自身は理解しています。微生物を通して自然を理解する、ということをみなさまと共有しながら、ヒト・社会・地球の健康を実現していければと思っています。

岸野氏:
私が研究を始めたのが20年前となりますが、当時は、現在ほど腸内細菌は着目されていませんでした。それが現在では、腸活や腸内細菌といった言葉を耳にする社会になったと思います。
今回のイベントのタイトルにもある、「オーダーメイド健康社会」というところを、今後目指していければと思っています。一方で、実際に実現していくために、どうやって菌叢を変えていくのか等、まだまだわからないことがたくさんあるとも思っています。たとえば、「この菌が効く」ということが評価されていても、なぜ有効なのか、というのがわかっていない、というのが現状です。
今はオーダーメイド健康社会を実現していくために、イメージがあっても、実現のためのアイデアがなかなか出てこないというのが実情だと思いますが、是非、実現に向けて取り組んでいきたいと考えています。

最後に
当日はご参加のみなさまからも多数ご質問もいただき、大変盛り上がるイベントとなりました。また、先生方から大変わかりやすくご研究についてのご説明をいただき、腸内細菌に関してより理解が深まり、身近に感じることができる機会となりました。



<「医薬基盤・健康・栄養研究所」のご紹介>
「創る、挑む、かなえる~健康長寿の社会を目指して~」という研究所の理念のもと、創薬・食品・栄養・健康・難病などに関する研究開発を行っています。特に「個別最適化」に注力しており、食事や運動を通した健康維持・増進と病気となった場合の治療の両面から、一人ひとりの特性に応じた最適な指導と医療を提供できる社会の実現を目指しています。その中で、ヘルス・メディカル連携研究センターは「腸内環境」に着目した健康科学研究を推進しており、アカデミアや企業、自治体などと連携しながら健康社会の実現に向けた社会実装に取り組んでいます。

<「京都大学 農学研究科 発酵生理学研究室」のご紹介>
これからの地球社会が目指している持続的社会は、健やかな物質循環と、授受関係にある生物間の健全な相互作用が保たれている社会と言えます。
このような社会の実現に、地球上に広く存在し多様な働きを担う微生物が果たす役割はとても大きいのです。
私たちの研究室では、微生物が持つユニークな潜在能力を探索・開発し、それらを産業や暮らしに役立てる研究を行っています。
自然界から様々な微生物を収集し、健康・食料生産・環境保全・石油からバイオマスへの原料転換・有用物質生産プロセス開発などに役立つ能力を見いだし、磨き上げ、実際に使われる形で世の中に送り出すことを目標に研究に取り組んでいます。


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